同じ会社で長く働いていると、ふとした瞬間に「このままでいいのか」という声が頭をよぎる。でも、いざ転職サイトを開いても、何を見ればいいのか分からずにタブを閉じる——そんな夜を、あなたも一度は過ごしたことがあるかもしれない。
30代から50代の約7割が、自分のキャリアの棚卸しをできていないという。数字だけ見ると準備不足の話に聞こえるが、僕はそうは思わない。棚卸しができないのは、たいてい測る物差しが手元にないからだ。しかもその物差しは、社内にしか存在していないことが多い。今日はそこを動かす話をしたい。
「市場価値」とは、社外の期待値のこと
市場価値、という言葉はよく使われるわりに、輪郭がぼやけている。年収のことだと思う人もいれば、資格の数だと思う人もいる。
僕の定義はシンプルだ。市場価値とは、あなたの会社の外にいる誰かが、あなたに払ってもいいと考える期待値のこと。社内の評価が「今の役割をどれだけうまく回しているか」を測るのに対して、市場の評価は「その能力を別の場所に移しても値がつくか」を測る。この二つは、似ているようで測っている対象が違う。
だから、社内評価が高いのに市場では動けない、という人が出てくる。悪いことではない。ただ、社内の物差しだけを信じていると、自分の値段を見誤る。迷いが消えないのは、情報が足りないからではなく、片方の物差ししか当てていないからだ、といえる。
7か国の採用現場で見た、二つの物差しのずれ
僕は25年、7か国の経営現場にいた。ベトナム、シンガポール、中国、カナダ、日本——現地法人の責任者として拠点を立ち上げ、人を採り、評価する側にいた。
採用の面接をしていると、二つの物差しのずれが、いやというほど見える。前の会社で高く評価されていた人が、外から見ると値がつきにくい。逆に、社内では地味だった経験が、別の国・別の事業では替えの効かない強みになる。ちなみにこれは本人の優劣の話ではない。同じ能力でも、その能力を使う場所を変えると値段が変わる、というだけのことだ。
僕自身、国をまたぐたびに自分の物差しを引き直した。日本で通用した進め方が、現地ではまるで効かない。そのたびに「では、この場所で自分に払われる期待値は何か」を、ゼロから測り直した。痛みは伴うが、この作業を避けると、いつまでも古い値札を自分に貼り続けることになる。
社外の物差しに架け替える、三つの問い
評価軸を社内から市場へ移すために、僕が使っている問いを三つ渡したい。転職を今すぐする・しないに関係なく効く。
一つ、この専門性は、会社の名前を外しても値がつくか。 名刺の会社名で回っていた仕事と、あなた個人に付いている仕事を分ける。市場が評価するのはポータブルな力——論理的思考、マネジメント経験、そして替えの効かない専門性だ。会社を外した瞬間に消える価値は、社内資産であって市場資産ではない。
二つ、年功や社内の慣れで守られている価値は、どれか。 守られている価値そのものは悪くない。ただ、それを市場価値と思い込むと、外に出たときに足をすくわれる。守られている分を正直に差し引いて、残る芯を見る。
三つ、市場で替えの効かない一手は、どれか。 2026年の転職市場では、替えの効かない専門性を持つ人材が事業成長を牽引する存在として評価される傾向が出ている。あなたの経験の中で、他の人では埋めにくい一点はどこか。そこが、次の賭けで張るべきポジションだ。
この三つは、順に答えを出さなくていい。この三つを頭に入れて、日々の仕事を眺めるだけで、社内の物差しに寄りかかっていた部分が見えてくる。
明日からの一歩——値札を外して、一度測り直す
大きく動く必要はない。明日、通勤の15分でいい。いまの自分の仕事を一つ取り出して、「会社名を外しても、これは市場で値がつくか」と問うてみる。値がつくなら、それは持ち運べる資産だ。つかないなら、社内で磨くべきものと、外で通じるものを分ける材料になる。
期待値で判断するとは、手元の材料の置き場所を変えて、確からしさを測り直すことだ。物差しを一本増やすだけで、「このままでいいのか」の声は、自分を責める声から設計の入口へと変わっていく。迷いは弱さではない。判断の入口だ。
次回は、社外の物差しで測り直した価値を、副業や学び直しという小さな賭けでどう試すか——低リスクな一手でポジションを取る手順を書きたい。
参考にした外部記事(きっかけ)
- エン・ジャパン「30代・40代の転職して年収が上がった職種ランキング」(替えの効かない専門性が評価される傾向) https://corp.en-japan.com/newsrelease/2025/43795.html
- 『ミドルの転職』2026年の転職市場予測(ミドル人材の求人動向) https://mid-tenshoku.com/enquete_consultant/report_109/
- ログミーBusiness「30代で感じるキャリアの不安」/キャリア棚卸し約7割未実施の論点 https://logmi.jp/attention/glossary/333332
この記事で触れた本
勝ち負けの波を、感情でなく確率と資金で受け止める考え方。