判断の技術

「もったいない」で降りられないのは、払い終えた金を賭け金に数えているから

「もったいない」の正体は埋没費用を賭け金に数えていること。過去の投下分を勘定から外し、先の期待値だけで張り直す三つの問いを渡す。

GIANt
公開
2026.08.08
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4分
分類
判断の技術
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続けるか、やめるか——その前で足が止まるとき、心のどこかで「ここまでやったのに」とつぶやいていないだろうか?

転職を考えながら、いまの会社で積んだ十数年が惜しくて動けない。副業を畳もうか迷いながら、これまでかけた時間を思うと手が止まる。学び直しでも、投資でも、同じことが起きる。理屈では「もう見込みは薄い」とわかっている。でも、降りられない。

この足止めの正体は、たいてい情報不足ではない。過去にもう払ってしまった金や時間を、これからの判断の勘定に入れているからだと思う。

「もったいない」の中身を、一度ばらしてみる

経済の言葉に、サンクコスト(埋没費用)というものがある。もう回収できない、戻ってこない費用のことだ。払い終えた授業料、過ぎ去った年月、返らない初期投資——どれも、これから先の選択では取り戻せない。

取り戻せないなら、本来これからの判断には関係がない。次の一手が得か損かは、これから先に入ってくるものと、これから先に出ていくものだけで決まるはずだ。ちなみに、これは賭けの卓でも同じで、すでに場に置いたチップは、次に張るかどうかの計算には入れない。手元に残ったぶんと、この先の見込みだけで張る。

ところが人は、この「もう戻らない費用」を、なぜか一番重く数える。飛行機の失敗例から取ってコンコルド効果とも呼ばれる——見込みが薄いとわかっても、「ここまで注ぎ込んだのだから」と続けてしまう。「もったいない」という言葉の中身は、たいていこれだ。未来の損得ではなく、過去の投資を惜しむ気持ちが、判断の顔をして座っている。

畳む判断が、いつも一番遅れた

7か国・25年、いくつもの国で経営の現場に立ってきた。現地法人を立ち上げ、人を採り、育て、事業を伸ばす。その裏側には、伸ばす判断と同じ数だけ、たたむ判断、引く判断があった。

正直に言えば、引く判断はいつも遅れた。数字の上では早くに答えが出ているのに、決めきれない。そのとき私の背中を重くしていたのは、これから出ていくお金よりも、すでに注ぎ込んだ時間のほうだった。立ち上げに費やした年月、口説いて集めた仲間、通い詰めた交渉の記憶。どれも大切だ。でも——それはもう払い終えたもので、これから先の期待値を一円たりとも押し上げてはくれない。

そこに気づいてから、引き際の考え方を一つに絞った。過去は勘定に入れない。見るのは、これから先だけ。冷たいようで、これが一番、自分にも相手にも誠実な引き方だった。

降りる前に、自分に問う三つ

惜しさで足が止まったら、次の三つを順に自分に当てる。ここは言い切っておきたい。

一つ、その「もったいない」は、過去の話か、これからの話か。 「ここまでやったのに」は過去。「この先まだ伸びる」は未来。前者なら、勘定から外す。惜しむ気持ちは残していい。ただ、判断の材料からは降ろす。

二つ、これから先だけを見て、期待値はプラスか。 今日ここに新しく参加する人だったとして、同じ時間と金を、いまからこの選択に張るか。張らないなら、続ける理由は過去にしかない。

三つ、降りたら失うと思っているものは、本当にこの選択に縛りつけられているか。 積んだ経験や信頼は、たいてい持ち出せる。次の場所へ運べる資産まで「失う」と数えていないか——ここを分けると、降りることの怖さは一段軽くなる。

明日からの、小さな一歩

大きな決断でいきなり試さなくていい。まず紙を一枚、縦に割る。左に「もう戻らない費用」、右に「これから先の損得」。いま迷っている件を、この二つに仕分けてみる。左の欄がいくら分厚くても、判断は右の欄だけで下す——そう決めるだけで、「もったいない」の声はずいぶん静かになる。

引き算で考えると、次が見えてくる。何を足すかではなく、何を勘定から降ろすか。降ろし方が決まれば、続けるにせよ、やめるにせよ、選び方は自分の手に戻る。

次回は、この「降りる判断」を、副業や学び直しといった低リスクな一手でどう練習するかを書きたい。先に小さく降りる練習を積んでおくと、大きな引き際でも足がすくみにくくなる。


出典・参考

GIANt

海外25年・複数国の経営現場から、組織の判断を点検する立場で、意思決定と確率思考について書いています。銘柄推奨や投資勧誘は行いません。週に一度、ニュースレターを配信中。

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